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マダンの光

ノリペ・シンミョン

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2007年9月6日(木曜日)

東京公演での感想(2)

カテゴリー: - adm1 @ 11時50分26秒

● 8月17日(金)夜、新宿の韓国料理店「大使館」駐車場で、韓国・光州マダン劇団シンミョンの来日公演が行われた。
異常な暑さの東京では夜7時を過ぎても熱気むんむんだったが、野外に設けられた公演のためのマダンには時折ぬるい風が入り、思ったより暑さは感じなかった。
始まりと同時に、古典楽器の音色に合わせて、主人公=オ・イルパルの父と母が登場する。伝統的なタルチュム(仮面劇)そのものの雰囲気で、仮面ならぬ表情で面白おかしく身体中を使って演技をしてゆく。初めて観たマダン劇であったが、その躍動的な面白さは抜群であった。朝鮮半島の深い文化と新しい息 吹の洗礼であった。
やがて舞台は、1980年5月の光州へ。命を懸けて民主化運動を闘い抜いた若者たちの群像劇へと変わる。自由公園で、市庁舎で、若者は闘い傷つき命を落とし、父と母の嘆きはいつまでも続く。
目の前に繰り広げられる演技は、俳優たちの息づかい・滝のように流れる汗・ひたむきな表情に彩られ、私たち観衆は本当に民衆蜂起の中にいるような錯覚に陥る。
観ている人びとの多くは在日コリアンであり、皆涙を流していた。私は在日ではないけれど、ちょうどあの頃のことを思い出しながら涙が溢れた。
光州で多くの人々が立ち上がったとマスコミが報道し、韓国民衆の本気の闘いに震撼した。日本の我々の運動の甘さのようなものを痛いほど感じた。あ の頃私は、金芝河の詩に感動し詩集を持ち歩いていた。韓国・光州へ飛んで行って支援できないことが歯がゆかった。でもそんな甘い感傷は何も役に立たないこ とも分かっていた。
公演が終わり俳優たちに見送られ、新宿コリアタウンの路上に出てからも興奮と感動はさめることがなかった。
7月28日、荒川での統一マダンの打ち上げで底抜けに明るかったシンミョンのみんな! あの時の笑顔がマダン劇では一変し、すばらしい演技者の顔になったシンミョンのみんな!
言葉に尽くせない感動を、ありがとう! (日本人・女性・mixi日記より抜粋)

● 演劇には全く疎い私。例年行われている「荒川反戦・反差別実行委員会」主催の集会で 和田さんたちから、「来年夏、光州からマダン劇団を呼ぶ予定」というお話を聞いたのが ご縁の始まりだったと思う。光州と聞いて、私の関心は高まった。何しろ、あの「光州」だ。 もちろん演劇内容も「光州民主化運動」そのものと言う。最近の日本の底知れぬ、右傾化、 軍事大国化の流れの中で、労働運動も沈滞一方。私のいる教育現場でも、定年前に退職したいという仲間がたくさん出るくらいの抑圧状況。石原の道徳授業強制に、最も非道徳的な人間に言われたくない、と抵抗し、「石原ババア発言」の原告として裁判闘争をしたり、週案 (週の指導計画を書いたもの)提出が強制され、出さないと転勤や評価を下げる脅かしの中、提出拒否を貫く、「君が代」強制はさせない、「教育基本法改悪反対」では国会前座り込みや街頭情宣(右翼に脅かされながら・・・)などささやかな抵抗はしても、泥沼は深まるばかり。そんな中での劇団招請に、密かに期待するものが大きかった。教員仲間を中心に、チラシ入れや、組合新聞に情宣記事を載せてもらったりして、チケット売りに協力した。統一マダンでの紹介では、一部ながらその迫力に圧倒される思いだった。残念ながら私は14日から18日まで韓国に行っていたので、最終日の19日しか見られなかったが、全国での反応が気になり、レイバーネットで確認すると、どこも200から300以上の人が入っている様子。無謀とも思えた招請者たちの冒険は、しっかりと日本の希望になっている気がして嬉しかった。そして、19日、 友人たちも遠くから来てくれていた。一緒に「シンミョン」の、軽快な導入から徐々にパワーアップしていく演劇に引き込まれていく。観客が周りを取り囲むマダンという方法がとても新鮮で、演技者と観客に一体感が生まれるように感じた。そして、クライマックスでは、完全にみなが一つの創造者になっていた。謙虚とか、恥とか言う言葉で縛られている自分も含めた日本人の心がぐんぐん解放されていくような感動を覚える。自分にはこんなに力があるんだと思わせてくれるような喜びだった。押し売りされて来てくれた友人たちもみなとても良かったと言っていた。
「シンミョン」のみなさん、すばらしい体験と感動を本当に有難うございました。実行委員会の皆様、ご苦労様でした。(日本人・女性)
 
● 光州蜂起は、私が大学4年の時に起こりました。当時、韓国の闘う人たちといかに連帯するのかと、学生たちで演劇をしたり様々に活動をしました。しかし、当時も今も光州蜂起が韓国の現代史のなかでどのような意味を持っているのか、自分自身が本当にわかっているとは思えません。マダン劇は光州蜂起の意味の何百分の1かをわからせてくれるものだったと思います。27年経った今も韓国の人々がマダン劇にして光州蜂起のことを韓国国内の人々に訴えているのは、光州を知らない若い世代に知らせるという意味もあるでしょうが、光州で命をかけて戦った人々が求めたものが、まだまだ実現されていないからだと思います。
マダン劇自体は、音響が悪かったのでセリフがよく聞き取れなかったという難点がありましたが、ユーモラスで力強く、面白く見せていただきました。光州で息子や娘を失った数多くの父母の思いが強く伝わってくる作品でした。(在日同胞・男性)


2007年9月5日(水曜日)

東京公演での感想(1)

カテゴリー: - adm1 @ 13時30分00秒

東京公演、およびワークショップへの感想です。
以後、このコーナーは主に観客からの感想を伝えていく場にしていきます。

● 準備段階から長期に渡ってお疲れ様でした。ワークショップはこの年になって体を動かすのも億劫だし暑いし、やるつもりじゃなかったけど、大学時代の友人の名前につられて参加して大正解でした。当日も感想として述べたんですが、見るのとやるのとでは大違い。実際にやってみてすごく楽しかったです。ひとつひとつの動きに意味があることも知り、なんだか得した気分。結局、友人に誘われて公演も2回、その後の友人との飲み会も2回と出費はかさみましたが、全然惜しくありませんでした。ステキなひとときをありがとうございました。今後のご活躍をお祈り致します。(日本人・女性)

● 前評判通り、すごい迫力と内容でした。民主化闘争の記憶を、芸術作品で継承していくということに、そもそも関心があります。しかも、広場の真ん中に舞台をつくり、観客がそれを囲み、観客とともにつくるというマダン劇は、いろんな意味で刺激的でした。韓国の運動の根底にある思想は、「マルクス・レーニン主義」というより、もっと土着の民衆文化だったりするのでしょうか。わたしも、土着のものに注目し直したいと、かねがね思っていました。日本列島にも、そういうのがたくさんあると思います。そうした、民衆の「伝統文化」を、天皇制や植民地主義から解放するためにも、土着の抵抗思想を掘り起こしたいと思いました。「文化享受の民主化」という言い方に、すごくうなずかされました。ワークショップと芝居で、すごく刺激を受けましたし、楽しかったです。目の前で闘争が行われているかのような臨場感と、民衆のたたかいを包み込む朝鮮半島の民衆文化が、よかったです。
(と、生意気に書いてしまいました。)他の地域の仲間でも、観た人が、何人かいるのですが、今、アスジャのフィリピンツアー中(20〜31日)なので、連絡とれないんです。ただ、フィリピンに行ってるある仲間は、「世界史の受験程度のことしか知らない、光州事件についてもっと知りたいと思った」といってました。また、光州出身の留学生(マダンの日の職質事件の当該でもある)は、ずっと涙を流していたそうで、クライマックスで、「光州民衆蜂起万歳」と叫んだそうです。嘉美さんも、本当におつかれさまでした。ぼく自身、すごくいい経験でした!! 今、羽田空港にむかっています。今夕、沖縄に着きまして、10日間ほど、緊迫する辺野古と高江現地に滞在し、たたかいを支援させてもらいます。現地では、ひとりで展開しなければならず、こんなこと初めてなので、不安と緊張でいっぱいです。現地のたたかいに、どこまで役立てるかわかりませんが、やれるだけやってくるつもりです。 (日本人・学生・男性)

● 16日に夫、息子と三人で観ました。立ち上がり倒れる人達の躍動感も良かったし、息子が生まれた喜びから死を悼む表現に感動しました。マダン劇を始めて観て、その魅力の虜です。盛況で良かったですね。お疲れ様でした。(日本人・女性)

● 公演準備お疲れ様でした。(まだ、後片付けが残っているのでしょうか・・・?)
うちのこどもが騒いでしまい、御迷惑をおかけしました。が、それにしても、行ってよかったマダン劇でした!こういうことをテーマにした劇が上演できる社会なんだなと思うと、韓国の変化にも感慨深いものがありました。また、韓国では、こういう「民衆の文化」があるからこそ、運動もダイナミックなんだろうな〜と、改めて日本の平和運動との違いを実感しました。その他、あれやこれや考えること・感じたことはありましたが、ともかく、日本への招聘&上演、ありがとうございました! 
子連れで出歩くのは、(しかも夜)なかなか困難ですが、これからも何か企画があれば参加させていただきたいと思います。 (日本人・女性)

● 涙と汗でぐちゃぐちゃになりながら見ました!光州は後々まで語り継いで行かなければならない歴史です。(在日同胞・女性)

● 世界的にも誇れるマダン劇!光の街からやってきた光の人たちは日本の多くの心に刻まれただろう。観測史上最も酷暑の中、本当にお疲れ様でした! (在日同胞・女性) 

● 車座で観劇するのは良いですね。日本にも、一時期ですが、「旅一座」と呼ばれる演劇グループのいくつかが同じようなことをしていました。田畑でごろ寝しながら観たりする・・・。しかし、今は衰退してほとんどなくなってしまいました。実社会と演劇の関係というのは、双方同時進行というか、片方だけが突出するということはほとんどなくて、必ず共に歩んでいるのだなあという印象を改めて持ちました。「立ち上がる人々」では、労働者・市民が「たちあがろう!」と決起するわけですが、日本の現代演劇のなかに「たちあがろう!」はありません。実社会の差(民主主義の格差)が歴然としているなあという印象を受けました。主権在民についていろいろと考えさせられました。冒頭の「チンチン」はウケました。 (44歳・日本人・♂)

● 今回、子供と二人で初めての参加でした。最初に「タル」というのを日本でいうところの「樽(たる)」とばかり思いこんでいました。「タル」=「おめん」という意味だと教えてもらい、そこで一つ勉強になりました。 行ってみると韓国の方がタルの説明をしてくれました。もちろん言葉はわかりませんが、きちんと通訳をして下さる方もいたので何も違和感がありませんでした。タルの説明からいろんな地域の情景まで広がり聞きいってしまいました。いざタル作りが始まると、楽しくて大人の私が夢中になるほどでした。 踊りも見られて子供にとっても私にとっても楽しい一時を過ごさせていただきました。何より感じた事は国によって確かに生活形態や制度が違ったりはあるかもしれないけれど一緒にいる上で同じ時間、感動を共有するのに国や人の違いは関係ない事なんだという事です。是非、来年も機会がありましたら参加したいと思えるほどの良い時間でした。(日本人・女性)

● 祭りっぽい感じと思って行ったから想像とは少し違ったけど結果としては以外とお面作り楽しかったと思いました。春佳(はるか)は、踊りもよかったぁ〜と、話してました。(在日同胞・女性)

● タル作りは二年前に韓国で体験しましたが、持ち帰ることができなかったので、今回は良いお土産ができて良かったです。事前の説明も、少し難しい面もありますが、大切だと思います。
自分が楽しむためというよりは、私の周囲の人に朝鮮文化だったり、私の仲間たちを知って欲しいとの思いで今回のワークショップを活用しました。やはり、人との出会いは多くのことを学ばせてくれますね。誰でも参加できて楽しめる企画であり、皆楽しんでもらえたようなのでなによりです。企画・担当された方、シンミョンの皆さん、スゴハショッスムニダ!(在日同胞・女性)

● 各地方で公演をしながらワークショップを行っていくのは、かなり大変だと思います。でも、参加する側はすごく楽しくて思い出に残る、ありがたいイベントだと感じました。タルチュムは時間が短く感じたし、個人的に習いたいと思いくらい本当に楽しく参加させてもらいました。(在日同胞・女性)

● あと一時間余計に時間があれば良かったです。もっと欲を言えば、午前に作って、午後にチュムを踊るとか。楽しくて熱中しました。そよは色塗りが楽しかった、と。今度はチュムと太鼓をやりたいと言っていました(^-^) また機会があれば色々と参加したいです(^.^)b (在日同胞・女性)

● 17日に行きました。最後オモニが火をつけて魂を揺り動かし今に活かした有り様に感動しました。(日本人・男性)

● 先日のマダンは、狭い舞台を感じさせないスケールの大きさを感じました。子供の誕生に喜ぶシーンから始まり、権力と闘い倒されてしまった我が子と対面し、なげきかなしむ姿や讃える姿は感動しました。迫真の演技でした。また、機会があったらみたいです。(日本人・女性)

● 楽しいひとときをコマプスミダm(_ _)m>本当に「講師が教え上手と、生徒の素質」というか楽しく小鼓をたたくことができま>した。>笑顔を絶やしっぱなしでしたが(T^T)>シンミョンや関係者の皆様によろしくお伝え下さい(在日同胞・女性)

● マダン劇はじめて見て感動しました。若い青年たちが命をかけて闘い市民が立ち上が使ったからこそ民主主義が守られたという歴史の真実を体験できて勇気をもらいました。崇高な魂は死んでも生き続けることに拍手と感謝を送ります。(在日同胞・女性)

● ★ワークショップ:民謡の会に参加しました。遅れて行ったので1曲しか習えませんでしたが、先生がピョンピョン跳ねながら全身で歌っているのを見て、とても楽しく気持ちよかったです。日本の民謡も韓国の民謡も、よく知らないので、先生のようにのびのび歌えるようになりたいと思いました。また、民謡ワークショップが終わった後、踊りの発表会も見ましたが、鼓を叩きながら元気に舞っているのを見てとても楽しそうだと思いました。小学生くらいの子たちもとても上手だったのが印象的でした。
★本公演:迫力満点、圧倒されました。白い布もとても効果的で胸に迫るものがありました。ワークショップの先生たちが、昼間見た顔とは全く別の顔をしていたのも印象的でした。会場も廃校になった小学校、老若男女がグルっと輪になって座るっていうのも良かった。いい夜になりました。(日本人・女性)

● とにかくかっこいい!!感動しました! 旧真土会場のほうが最終日とあって盛り上がったと聞き、ちょっとムクれてます。3歳児の息子が2時間ずっと集中して目を奪われていたのが驚きです。それだけテンポもよく、激しく、ひきつけられる劇でした。
先日、集まった友人たちも口をそろえて絶賛していましたよ。「どんなモノかを知らなかったから、周りへの呼びかけがいまひとつできなかった。あんなに良いモノと知っていたら、もっと強く呼びかけたよね。若い人たちに見てもらいたかった。」「ぜひ次につなげたいよね」等と口々に話し合いました。
劇団の皆さんはもちろん、スタッフの人たちも大変だったと聞いています。お疲れ様でした!(日本人・女性)

● 高校生の時、光州は告発するというドキュメンタリーを見ました。遠のいていた光州がシンミョンと共に蘇って来ました。始まりの猥雑な流れに戸惑いつつ、役者のパワーと奏者の深い響きに引き込まれました。特に代表の方の見事な演技と舞いに圧倒されました。私も自分を鍛え直したいと、想いました。素敵な場をありがとうございました(在日同胞・女性)

● なんとなく固いイメージを持っていましたが、のっけから打ち砕かれました。演出、構成のすばらしさ、光州事件をあまり知らなくても、人間のすばらしや愚かしさが良く表現されていました。どこの国で公演しても、受け入れられるでしょう。(日本人・男性)

● マダン劇は、伝統的な舞踏と現代的なテーマが融合したとてもすばらしいものでした。光州民衆抗争をどのように表現するのかとても興味がありましたが、力強い舞踏の表現で感心しました。これが新たな日韓民衆の交流・連帯の契機になれば、なるだろうときたいしています。ともかく暑い中本当にお疲れ様でした。ありがとうございます。(日本人・男性)


2007年8月21日(火曜日)

07年 時をこえ、マダンに集う

カテゴリー: - adm1 @ 09時31分48秒

三河島2 三河島  

8月19日、三河島公演をもって「時をこえ、マダンに集う 2007年ノリペ・シンミョン列島縦断公演」は全て終了しました。

三河島では終演後、スタッフ・観客をまきこんでの「カンガンスルレ」…
共に作り上げてきたわたしたちの「マダンパン」で、みんな一緒に汗だくになって踊りました。

このページはむろん広報のために作ったもので、その役割はほぼ終えましたが、もうしばらくは続けていこうと思います。
現在はまだ残務に追われていて余裕がありませんが、観客も含め、関わってくれたたくさんの人たちの声を反映していくつもりです。

みなさま 本当にオツカレサマでした。


2007年8月17日(金曜日)

東京公演初日

カテゴリー: - adm1 @ 12時19分13秒

新聞によると、昨日の最高気温は37度!!暑さにふらつきながらも設営完了、大久保初日を開けることができました。終演後友人が「みんなで飲んで」とカンパを置いていってくれました。旅先でも同様に(知り合いではない人も含め)幾人かが….この公演の特徴の一つかもしれません。ネット検索をしてみると、ちらほらと感想がアップされてきています。http://plaza.rakuten.co.jp/larghettoblog/diary/?ctgy=5http://d.hatena.ne.jp/Talpidae/20070812/p1http://blog.kansai.com/nae_bang/994http://fanto.org/index.htmhttp://y-tamaki.cocolog-nifty.com/blog/http://ebisu-daikokuya.at.webry.info/200708/article_5.htmlこのページにも、批評・感想等をどんどん書き込んでくれると嬉しいです。


2007年8月13日(月曜日)

ちょっと一息

カテゴリー: - adm1 @ 16時30分56秒

   

パニック状態の大阪を終え、京都・名古屋の連続公演。
気温は今年最高をマークし、既に顔面土色と化したツアースタッフのみならず、現地スタッフもまた、見る見る真っ赤→真っ黒に。
ふう〜。
連日連夜の建て込みバラシ、加えて大盛上りの交流会に、疲労と寝不足は頂点に…..現地スタッフの動きに支えられています。
残る東京公演まで、しばし一息。
今日こそお風呂に入って、ゆっくり睡眠を。
でも名古屋での打ち上げが、準備されているとの噂あり。


2007年8月7日(火曜日)

広島公演・感想

カテゴリー: - adm1 @ 18時54分00秒

  

広島実行委のMLに流れた感想を転載しておきます。

最後のプクの連打の郡舞いは見事でしたね。
朝鮮伝統打楽器にぞっこんハマっているわたくしとしては、天にものぼる思いでした。
パク・カンイさんは、完全に祈祷し(巫女)でした。
クッ、の伝統が引き継がれているんですね。
光州事件と、マダンの民族的なものが合体して新たな演劇が生まれていました。
演出も上手いなあと思いました。
ただ、フェミニストのわたくしとしては、ストーリ−的には若干のものたらなさは、ありました。
闘う息子、それをかなしむ母親の構図は伝統的ではありますが、目新しくはない。
闘う男たちとそれをささえる、女たちこれは、70年以降そのわだかまりの中から? フェミニズムの流れも出てきましたから、その意味では古典的であると感じました。
死んだイルパルを、担いでいくシーンは、ケーテ・コルビっツの銅版画をみるようで、「ああ、70年代!」と懐かしさも覚えました。
ともあれ、韓国は『本物』だなあ!と実感させられた時間でした。
このような機会をいただいて感謝でした。
(いさじ)

苦情処理や機材トラブルの対応でゆっくりは見られませんでしたが感想も少し

ワークショップも含め、盛り上げ方がうまいですね
観客と一体になった時空間の作り方はさすがで学ぶべき点が多かったと思います

ストーリーについては光州民衆蜂起の記憶を伝える、という内容の性格上あのような形にならざるをえないと思います
ジェンダー論的には家父長的家族性で古い、というIさんの気持ちもわかりますが日本の古い価値観のように女性はじっと耐え忍ぶだけ、というのではなく女性のたくましさ、力強さも随所に描かれていたように思います

最後の群舞はやはり圧巻で見ごたえがありました
ストーリーは予め知っていましたので踊りの部分が私としては強烈な印象です
特にパク・カンイ代表の舞いにはゾクゾクさせるものがありました

それから、私が強く感じたのは彼らが光州の記憶を伝えていくように私たちも広島の記憶を伝えていく、という場合に当然、ヒロシマが世界に、また後世に伝えていくべき最大の記憶は原爆ということになるわけですが光州事件の記憶のように「立ち上がる」「勝ち取る」という記憶でなく一方的にやられちゃった、罪も無い人々が悲惨な目にあったという受身の形になりがちで焦土からの復興、というのも、立ち上がり、勝ち取ろうという強い意志とはまた少し趣の違うものに思えます
原爆のことを語るときに、アメリカの残虐な兵器の犠牲になった、ということばかりが強調されてヒロシマがそもそも軍都であり、大日本帝国のアジア侵略の重要基地であったことが抜け落ちてしまっていることも問題だと思いますしこれから私たちが何を記憶し、何を伝えていくかということについて個人的には深く考えさせられました
(大槻)

シンミョンのメンバーが開演前に、宣伝を兼ねて、会場周辺を練り歩いていた。
僕は、舞台設営を手伝いながら、遠くから聞こえてくる太鼓、ドラ、の音を聞いていたのだけれど、音が近づいてきて、姿が見えた瞬間、「ドキッ」としてしまいました。衣装が青、白、赤、とっても鮮やかで、8・6の空が急に透き通った気がしました。
メンバーが、広島に来てからは、夜な夜なドンチャン騒ぎでワーワーやってたのに、パフォーマンスが始ると、ビシッとして全然違ってて‥。この人達は「凄い!」と思いました。公演も同様にすばらしかったです。
いいもん見ちゃった!
(田中亮太郎)


2007年8月5日(日曜日)

北九州より

カテゴリー: - adm1 @ 14時20分03秒

2007年8月3日、私はノリペ・シンミョン(立ち上がる人々)北九州公演を観た。
台風一過、心地よい海風が吹き小倉は楽日を迎えた。
私は実行委員だが客席にいた。思いがけず病に伏し退院後にて。
会場に行けて良かった。今回は観客として感想を伝えたい。
タイトルは、【色と速報とヘリコプター】。

まずは、色。マダン劇は三部構成だった。
私はそれぞれのシーンに色を感じた。
一番目のシーンは黄緑、二番目は赤、三番目は墨色。
一番目は春。コッチュとコンベパリの出会い、オ・イルパルの誕生。
洗濯の布は、新体操のリボン、胎児、子どもに変化した。
滑稽な表情と踊りは、言葉がわからなくても十分に楽しめた。
希望あふれる黄緑のマダン。

二番目は赤。解放光州万歳!市民軍と良洞おばさんの掛け合い。
メシ部隊の元気さが病み上がりにパシッ!と効いた。
プリパとジンプリ(群舞)が脳裏に焼き付いた。
日韓から世界を湧かせたサッカー・ワールドカップ。
韓国客席のコリアン・レッドを思い出した。
パワーのマダン。

三番目は墨色。
道庁に集まろう!コッチュとコンベパリがイルパルを心配する。
1980年の光州で、どれだけ沢山の親たちが心痛めたことだろう。
引き裂かれる絆、肉体、精神。それは墨色。
これが私のマダンの色。

色に続いては速報。
1980.05.24.市民軍が配った速報が私の元へ舞ってきた。
ハングルで書かれた速報。帰宅して本を開いた。ハングル表を見た。
四文字のタイトルは二番目を(サ)と読むことだけわかった。
全部読み方がわかったらいいな。一字ずつ確かめたいと思った。

空から聞こえたヘリコプターの音。本物かと思った。
これがタイトルの3つ目。
アナウンスが聞こえる。韓国語と日本語の両方で。緊迫している。
戒厳軍の仕業だ!私は民主化闘争の現場にいる錯覚を持った。
〈家と職場に戻ってください〉とアナウンスが聞こえた。
〈何言よるんかっちゃ!今は道庁に行かないけん時やろうが!!
ふざけるなっ!!!〉と声を出した私。女・無法松になっていた。

マダン劇は太鼓の音で幕を閉じた。同じ時を過ごせて本当に良かった。
カムサハムニダ!シンミョン、ありがとう。
(ふくだのりこ)


大阪生野区民センターでの公演感想

カテゴリー: - adm1 @ 12時08分24秒

― 在日ですが、5,18を知らなすぎました、恥ずかしいです。

― 光州での5,18抗争は知っていましたが、こんなに悲しくも酷いものだとは知りませんでした、涙が止まらなかった。

― 芸術は言葉が分らなくとも通じると言うことを、劇の分野でも実感しました。素晴らしいマダン劇でした。俳優たちに近い気持ちになれたようで嬉しいです。― 韓国のマダン劇を目の前で観劇できて、とても嬉しかった。歌、踊り、セリフ、楽器で表現される内容に圧倒された。宝塚から来た甲斐があった。有難うございます。

― マダン劇は俳優と観客が一体化すると聞いていたが、直に体験して本当だと確信した。日本にない劇形態に驚き感動した。

― 主人公お二人の演技は国宝級ですね。場に合わせて扮する演技は見事でした。やり直しの利かない劇で、あそこまで演じられるなんて、なんでしょうかね?日本の俳優とは違う強烈な何かを感じました。

― 細やかな手足の動き、リズミカルな体の動き、これはすごい。目の前で見るからかな?劇が好きでミュージカルを良く観るが、こんなの初めてだ。

― 白のさらし一枚で、あらゆる意味を表す方法には、びっくりした。韓国ではこんな芸術があるのかな?色が白ということにも興味をおぼえる。

― 楽器の音色が一つに融合して響き渡っているのに、耳の中ではどの楽器か完全に音の区別ができる、不思議だ。すごい。― 体に障害のある人を演じているので、最初は(ええ?差別と違う)と思ったけれど、最後まで観てその意味が解けた。光州の悲しみを表すにはこれしかないと思った。

― パンソリはまったく意味が解らなかったけれど、簡単な解説があったので歌の中に入ることが出来た. 失礼だが、小柄な体のどこからあれだけの声量が出るのか不思議に思った。うちの次男も小柄だが、何でも出来ると期待がもてた。― 若い俳優たちの跳躍には驚いた。目の前で観るからそう思うのなわからないけれど、ちょうやくに見とれて全身の動きを見忘れた。ざんねんでならない。

― 円形の舞台であれだけ踊れるのが不思議だった。中学の時に舞踊をしていたので踊りのことはちょっとだけ知っているが、あんなに丸くせまい舞台でどうしてあそこまで踊れるかなあ?

― 夫も演劇好きなので、この感動を伝えたいのだが、どう説明しよう?解ってもらえるように言えるかなあ?これは9日に観てもらうしかないなあ。

― 5,18以降の光州が気になる。遺族たちどうしているのかなあ?こういうところまで触れてほしかった。団長が最後に挨拶して一言いってくれるとかしたら、もっとよかったのに。

― <立ち上がる人々>はぜひとも光州で見たいです。いつ行っても見れますか?― 団長の挨拶ほしかった。素晴らしいマダン劇をカムサヘヨ。


涙が止まらない・・・

カテゴリー: - adm1 @ 11時33分16秒

28日統一マダン・東京で、<シンミョン>は「プンノリ(太鼓遊戯)」を披露し、言葉で表現できない感動をくれた。 私は、自分でも驚くほど涙が止まらなかった。
台詞の無い、プンノリだけで何故こんなにも泣けてしまうのか。 これまでサムルノリなどの演奏をいくつ見ても、すごいとは思っても「感動」することは一度もなかった。 あえて言うなら、始終にじみ出る笑顔のシンミョンから、その内にある深い心を感じてしまったとしか、言いようがない。
シンミョン到着時は、食事したく・翌日の統一マダンの打合せ・宿への大移動とドタバタとしたためか、出会いの感動がなかったので、現実はこんなものかな〜と,思っていたけれど。 今思えば、その短い時間にも、シンミョンメンバーがとても心温かく深い人たちだということを、要所要所で感じることができたことも大きいかもしれない。
各地域を周って、東京に戻ってきた時、プンノリ以上の感動を受けるのかとおもうと、楽しみでも有り、怖いくらいでもある。 大阪には、無事ついたようなので、公演の成功をただ祈る! (申 嘉美)


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